世界一周を経て、行政書士事務所を設立した理由 「行政書士・三浦 哲郎」

こんにちは。フィリピン専門行政書士の三浦です。

私のブログを訪れていただき誠にありがとうございます。

私はこれまで、オーストラリアとフィリピンへの留学、フィリピン現地英語学校勤務、世界5大陸約30ヵ国100都市以上に渡航した経験を活かし、現在は、フィリピン専門行政書士として、フィリピン人の方の日本滞在をサポートさせていただいております。

また、セブ留学エージェントの代表も務め、フィリピンへご留学される日本人の方のサポートも並行して行わせていただいております。

こちらの記事では、私が「世界一周を経て、行政書士事務所を設立した理由」をお伝えしたいと思います。

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自己紹介

こちらで少し私の自己紹介をさせていただきます。

私は東京都で生まれ、千葉県で育ちました。幼稚園を辞め、小学校や中学校は休みがち、高校と大学は単位ギリギリでの卒業と、学生時代はお世辞にも真面目に生きてきたとは言えませんでした。

スポーツは得意なほうで友人も多かったのですが、勉強は好きではなかったですし、毎日学校に行く意味もよくわかりませんでした。

その当時は、不登校という言葉はあまり一般的ではなかったのですが、文部科学省の不登校の定義である「年間30日以上の欠席」を考慮すると私は不登校であったと思います。

今思えば、熱中できるものや学ぶ意味を見出せずに、ただ毎日を無気力に生きていたのだと思います。

大学卒業後は、自分の見識を広げるために就職を考えず、「世界に出てみよう!」と考え、オーストラリアとフィリピンへ留学したことが、私の人生の転機でした

特に、フィリピンには長期で滞在していたのですが、私は外国人が住む高級コンドミニアムではなく、一般的な現地の方が住まれるアパートに住んでおり、日常から「学校へ行けない子供達」「水道や電気が通っていない家」を目の当たりにしていました。

実際に、現地の方に家に招いてもらった際には、暗闇の中、ろうそくの火だけで食事をして、ギター一本で、全員で大合唱したことを今でも鮮明に思い出します。

フィリピン人の陽気な性格や素直さ、どのような状況であれ人生を楽しむという考えが私にはとても心地よく、この頃からフィリピンと日本をつなぐ仕事をしたいと考えるようになりました

この時点では、「行政書士」という仕事を目指すという明確な目標はなかったのですが、父親が警察官だったことの影響もあり、「法律に関われる仕事がいいかなぁ」という漠然としたイメージがありました。

フィリピンから帰国後は、もっと広い世界を見たくなり、旅行会社や飲食店で資金を貯め、世界一周に出発しました。

世界一周について

モロッコ・トドラ遺跡にて

私は、南米から入り、アフリカ、ヨーロッパ、アジアという順に世界を周りました。

世界の文化や生き方、考え方を体感で学べたことはとても貴重な体験になったと思います。

世界を周る中で強く感じたことは、日本人はとても好かれている民族だということです

もちろん、差別的な方もいらっしゃいますし、アジア人を明らかに軽視する方もいます。

そのため、心を傷めることもありましたが、日本人に対して友好的な人が大半で、日本人だとわかると急に友好的になる人も大勢いました。

ブラジルの入国管理局では、日本のパスポートを手渡すと、「I Love Japanese!!」と私のパスポートにキスされたことがあります。

職務的にどうなのかという疑問はありますが、悪い気はしませんでした。

私は、国籍や宗教で人を判断することはしたくないですが、良くも悪くも、世界へ出ると「自分が日本人なんだ」と言うことを強く認識させられることを学びました

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豊かに生きる上で重要なことは、感謝の気持ちを伝えること

ブラジル・リオにて。

私が最も世界一周中に後悔したことは、「感謝を伝えなかったこと」です。大した話ではないのですが、私はこれが一番の後悔です。

世界一周に出る前は、後悔しないようにプランを決めたり、トラブルに巻き込まれないように知識をつけたりと、とにかく楽しく安全に楽しむことができれば、後悔はないだろうと考えていました。

しかし、実際に出発すると、プラン通りにいきませんし、トラブルには巻き込まれます。

スーツケース片手に高級ホテルを渡り歩くということなら問題ないかもしれませんが、私はバックパッカースタイルで貧乏旅だったので、人並みに色々と経験しました。

ベルギーではテロに巻き込まれそうになり(2016年ブリュッセル)、ドイツでは強盗に遭い、ペルーでは偽札をつかまされました。細かなトラブルを数え始めたら、きりがありません

ブラジルでの後悔エピソード

ブラジルで、こんなことがありました。

バスで空港まで行こうとバスターミナルに到着すると、予想以上の大きさでどこのバス番号で待っていればいいのかと案内所で尋ねると、 「20番と23番と68番と…….たくさん走ってますよ。」とのこと。

しかし、肝心のバス自体が全然来ない。来てもなぜか停車せずに素通り。

「まずい。このままじゃ飛行機に遅れてしまう」と焦った私は、隣の女性に「Airport?」と聞くと「Yes!here」との返事。

心の中では、「全然ここじゃないだろ!」と突っ込みたくなりましたが、待つしかないので、しばらく待っていました。

待っている間、いろいろバスについて詳しく聞こうと思っても、私はポルトガル語が全く話せないためコミュニケーションがうまく取れませんでした。

しかも、相手の女性は英語がわからない。つまり何語でも通じ合えないのです。

英語を話せる人を探す時間もないですし、飛行機の時間も迫っている。

「さすがにまずい。飛行機に乗り遅れる。」という気持ちが強くなっていたのですが、女性が定期的に「OK!OK!」と待っていればバスはくるぞ!的なジェスチャーをしてくれていました。

最初は、同じバスを待っているのかと思っていたのですが、どうやら、こちらの女性は、私のために自分が乗るはずのバスを乗り過ごしているんだということに気がつきました

その証拠に一緒のバス停で待っている人たちは、10分以上待っている人はいないのに、その女性だけずっと待っていてくれたのです。

そして必死で遠くから来るバスを確認している。

「なんて親切なんだ!」

という思いと申し訳なさに加え、飛行機に間に合わないかも?という焦りで頭がいっぱいになっていました。

そのとき! 遠くのほうで言われた番号のバスが停まっているように見え、走って駆け寄り運転手の方に確認すると空港に行くとのこと。

やっと乗れた~と安心したと同時に、先ほどの女性に全くお礼を言っていないことに気がつきました。

地球の反対側で、言葉も通じない旅行者のために時間を使ってくれた人に、お礼さえできなかったことに心底後悔をしました

感謝の気持ちをしっかり伝えることは旅のテーマでもあったはずなのに、そんな簡単な事ができなかった自分が嫌になりました。

バックパッカー旅は、現地の方の助けがなくてはできません。いくらインターネットで調べたところで情報が異なることは多いですし、現地の人しか知らない情報はいくらでもあります。

相手が親切にしてくれた時は、必ずお礼の言葉や感謝の気持ちを伝えていたのですが、飛行機に乗り遅れる焦りから、挨拶もなしにバスに乗り込んでしまったのです。

正直、エピソードとしては、様々な国を訪れている方なら日常に溢れていることなので、大したことではないのですが、気持ちを踏みにじるような行動をしてしまったことを私はとても後悔しました。

人生には、多くの人々の助けが必要

フィリピン滞在時に先生たちと。

こちらの記事を読んでいただき、正直、「そんなことか?」と思った方も少なくないと思います。

私も自分自身で何でこんなに引っかかるのだろうとも思います。

私は、前述の通り、大学卒業後、オーストラリアとフィリピンに留学しました。20歳そこそこだった私は、正直な所、ホームシックになり苦しかったのを覚えています。

それを救ってくれたのは、近くにいた人々と日本にいる家族や友人でした。

それまで、周りに家族や友人がいることは当たり前だったのですが、日本を離れて、自分の力不足を感じると同時に、周りの人々に支えられていたことに心底気がつきました

世界一周中もそうです。

本当に多くの人の助けを借りて、無事に日本に帰国することができました。報酬や見返りがなくても行動してくれる人は、本当に多いと心から思います。

助けてもらったことに感謝の気持ちを伝えられなかったことへの後悔は、自分がこれまで学んできたことを行動で示せていないと感じたのだと思います。

しかも、名前もわからないので、今後お礼を言えることはありません。

相手の方としては、特に気にもとめてないことかもしれませんが、「たくさんの人に助けられて生きている」ということを十分に認識し、今後の人生の教訓として大切にしたいと思っています。

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世界一周を経て、行政書士事務所を設立した理由

パラグアイ・イグアス日本人居住地にて

私は現在、フィリピンの方専門の行政書士として活動しています。

行政書士は、英語表記では、Immigration Lawyerとも呼ばれ、入管に関する専門家です(行政書士は様々な業務を扱えるので、すべての行政書士が当てはまるわけではありません)

私が行政書士事務所を立ち上げたきっかけは、フィリピン滞在中に感じた日本とフィリピンをつなぐ仕事をしたいという思いと、フィリピン人の方が異国(日本)での生活が快適で楽しくなるようなサポートができればという思いがあったからです。

行政書士は、日本に滞在されるフィリピンの方に寄り添ってサポートできる、私がイメージしていた通りの仕事でした。

しかし、事務所を立ち上げるまでには、行政書士試験に2回落ち、少々苦しい思いはしました。妻の協力がなければ、合格はつかめなかったと思います

フィリピン人の方に寄り添える行政書士を目指して

日本に入国されるフィリピン人の方のバックボーンは人それぞれです。

ご結婚で来日する方や母国の家族を養うために日本で働きたいという思いを持っている方など、本当に理由はそれぞれです。

しかし、共通点として、日本に入国される方の背景には、「様々な想い」があります

異国で生活をするというのはとても大変です。文化や食事、言語すべてが母国と違い、家族や友人もいない環境でもあります。

私は、留学でオーストラリアとフィリピンに長期で滞在し、他の渡航経験のある約30ヵ国は各1週間程度ですが生活しました。

私が、これまで海外生活の中で感じことは、日本で滞在されるフィリピンの方をサポートさせて頂く上で、とても重要な経験になっています。

フィリピン専門行政書士として、日本とフィリピンの架け橋になれるよう精進してまいります。

これからの日本の外国人受け入れについて

日本はこれから、外国人を受け入れる流れになってきます。というよりも、現在進行形で外国人滞在者は増えています。

現在の日本は、名目上は留学生等を受け入れることなどの国際協力がメインで、外国人を受け入れていないということになっています。

しかし、実質的には労働力として受け入れている現状があるのです

島国である日本にとって外国人が日本に滞在することに抵抗がある方が多いため、そのような不透明な形になっています。

国の政策は不透明で、私ができることは微力ですが、少しでも携わった方の人生が豊かになるよう精進したいと思います。

皆様とお会いできることを楽しみにしております!

最後までお読みいただき誠にありがとうございました。



最後まで読んでいただきありがとうございました。 この記事が気に入っていただけたらシェアしてもらえると嬉しいです。

ABOUTこの記事をかいた人

三浦 哲郎(フィリピン専門行政書士)

「行政書士三浦国際事務所所長」「行政書士・総合旅行業務取扱管理者」千葉県にてフィリピン専門の行政書士事務所を経営しております。これまで、オーストラリア・フィリピンへの留学、フィリピン現地英語学校勤務、世界5大陸30ヶ国100都市以上への渡航を経験し、豊富な海外経験と法知識でフィリピンの方をサポートさせて頂いております。外国人関係の専門家として、船井総合研究所等のコンサルティング会社からのご依頼のもと、執筆活動にも力を入れております。趣味はサッカー(千葉県リーグ所属)。家庭では1児の父として奮闘しています。下記、「website」より当事務所のフィリピン専門サイトに移行します。